
「極真空手、思い出を挙げればキリがない」の第63回。ちょうど初夏の祭典である全日本ウェイト制大会が終わったところなので、今回はウェイト制にまつわる話を。体重別の全日本大会は、秋の無差別級全日本大会とはまた一味違うのだ。
ウェイト制で最大の楽しみと言えば、一昔前は極真vs他流派の図式だった。秋の無差別級全日本とは違い、他流派選手が多数エントリーすることが可能だったため、1〜2回戦では多くの極真vs他流派の試合を見ることが出来た。また、極真の主力選手はウェイト制を回避して、秋の全日本一本に絞る選手が多かったため、極真側が手薄だったこともスリルを増した。
ボクが初めてウェイト制の取材に行ったのは、1991年6月に開催された第8回大会。前年から正道会館が参戦を果たしており、極真vs正道の図式が最高潮に盛り上がっていた時期だ。
まだK-1が誕生する前だったが、すでに正道は佐竹雅昭を筆頭にかなりの人気と知名度を持っていた。それは、選手紹介のアナウンスで「正道会館」の名が出てくるたびに、場内からワーッと大歓声が沸き起こったことからも明らか。
初参戦となった前年の第7回大会では、角田信朗が重量級で4位に食い込んだこともあり、“ひょっとしたら正道が優勝するかも……”という機運が高まっていた。ちなみに、現在でも極真で禁じられているガッツポーズは、この時に角田が上段廻し蹴りで一本勝ちを奪い、派手にガッツポーズをしたことから大山倍達総裁が禁止にした。
会場には石井和義館長も来ており、館長はよく記者たちと話をしていた。その中で印象深い言葉は「正道が勝てるとしたら重量級でしょう。中量級は選手層が厚すぎるので絶対に無理。軽量級は山本健策(第8回から第10回まで3連覇)君がいるので厳しい」というもの。
あと、正道の選手が一本勝ちや技ありを奪うと、その場で「あれはこうやったんですよ」と技術解説をしてくれたのが面白かった。
石井館長は極真への挑戦を楽しんでいる感じがしたが、選手サイドはかなりアツくなっていた。特に熱心に野次を飛ばしていたのが…………