
「極真空手、思い出を挙げればキリがない」の第44回目。今回はボクが実際に見た試合の中から、これは秀逸だったというテクニックにまつわる話をしていきたい。極真と言えば“根性”とか“精神力”とかで語られることが多いのだが、何と言ってもテクニックが素晴らしいのだよ。
これはある人が言った言葉だが、極真空手というものをかなり的確に表現していると思うので、まずはその話から始めたい。インタビュー中に「極真は顔面パンチがないから……と批判されることが多いですが、そのことについてどう思われますか?」という質問に対する答え。
「逆に、人体最大の急所である顔面を、最も使いやすく効果的な手技で攻撃できないのに、鍛え上げられた人を倒す技術って凄いと思いませんか? 顔面を殴れば素人でもKOすることは難しくありませんが、顔面なしでKOするのは凄く難しい。しかも、極真ではつかみや押しも禁止されている。そういう限定された状況の中で、いかにして相手を倒すかが磨かれたのが極真空手の技術です。
それに、顔面パンチはラッキーパンチが生まれやすいですよね? 目をつむってめちゃくちゃに振り回しても当たれば相手が倒れることもあります。でも、顔面パンチがなければラッキーパンチはほとんど生まれません。つまり、その人本来が持っている格闘能力で勝負しなければならないのです。そう考えると、本当の意味での生身と生身のぶつかり合い、グローブという道具に頼らない人間同士の強さの競い合いとなるのです」
この言葉を聞いた時は思わず“なるほど”と膝を叩いた。最も倒しやすい部分を排除して、倒しにくい環境の中で倒し合いをするからこそ、顔面パンチ以外の技術が磨かれていくというわけだ。よくボクシングのことを「手技に限定されているからこそ、他の格闘技よりもパンチの技術が磨かれた」と言うが、だからと言って「蹴りがないからダメだ」とは批判されない。極真に対して「顔面がないから」と言うのは、それと同じなのではないかと気付かされたわけだ。
いま話題の三日月蹴りにしても…