
全日本フェザー級チャンピオンとして全日本キックボクシング連盟の“一人日本人エース”として頑張ってきたのが、立嶋が目の仇にしていた清水隆広だ。清水はボクシング仕込みのパンチと空手仕込みのバックキックが得意でKO率も高く、低迷していたキック界に久しぶりに現れたスターだった。実際、凄くいい選手だったし、そのセンスや強さはいまだに語り草である。
その清水に継ぐナンバー2の座にまで上り詰めた立嶋は、試合後のコメントなどで清水への“口撃”を開始した。後に立嶋のライバルとなる前田憲作にも仕掛けたこの口撃、とにかく辛らつで刺激的だったため、キックファンの間ではかなり話題になったと思う。清水は無視を決め込んでいたが、実際はかなりムカついていたんじゃないか。
こんなエピソードがある。立嶋は清水の持つ全日本王座へ挑戦する前に、ビクター・ソリエルという選手とWKAの世界タイトルを争うチャンスを与えられた。おそらく、全日本キック側としては立嶋に世界タイトルを取らせ、清水との二大エース路線を敷き、いずれは両者が対決するというような流れにしたかったのだと推測する。
しかし、一昔前の選手だったはずのソリエルはメチャクチャ強く、立嶋をパンチでKOしてしまった。試合後、清水がいたのでコメントを取ると、「ソリエルが勝つのは最初から分かってました。僕は昔からソリエルのファンでしたからね」という言葉が返ってきたことからも、清水が立嶋に対して内心ムカついていたことが分かる。
その敗戦によって立嶋は全日本タイトル挑戦から遠のいたが、勝ち続けて1991年3月28日、ついに“その日”は訪れた。清水VS立嶋の全日本フェザー級タイトルマッチが決定したのである。