
「立嶋篤史、思い出を挙げればキリがない」の第3回目。僕の20年間にわたる記者生活の中で、最も印象深いキックボクサーである立嶋篤史のことを書いていきたい。90年代を疾走した本物のヒーローである。
1990年9月28日、日本武道館で開催された全日本キックのビッグマッチ『HEAT928』。ボクはメインイベントのロブ・カーマンVS西良典の試合までのドキュメントを撮るため、かなり早く会場入りした。当時はかなり報道規制がゆるく、普通に控え室に出入りしたりすることが出来たので、「何時何分、カーマンがウォーミングアップを始めた」とか時系列で試合までを追うような企画が出来たのだ。
そのため両選手の会場入りから写真を撮るので、ボクは早めに会場入りしたのである。日本武道館の前に着くと、偶然、立嶋とバッタリ会った。立嶋は第1試合か第2試合でムエタイ戦士との試合が組まれていたのだ。
「おっ、立嶋だ」と思いつつ、僕はその横を通り過ぎようとした。すると立嶋が「熊久保さんですよね?」と話しかけてきたのである。これにはビックリした。なぜかと言えば、それまで立嶋を取材したこともなければ、個人的に面識があったわけでもなかったからだ。
「何でボクのことを知ってるんですか!?」思わず聞き返した。すると彼は「だって、僕のことを編集後記に書いてくれていたじゃないですか」と言う。そう、前回のコラムに載せた通り、ボクは立嶋VSユタポンの試合を思い入れタップリに編集後記に書いていたのである。彼はそれを読んでいてくれたらしいのだ(いま思えば、なぜ彼がボクの顔まで知っていたのかは謎だ。当時はもちろんテレビにも出ていなかったから)。
彼の言葉を聞いて二度ビックリ。まさか編集後記まで読んでくれている選手がいるとは……と。当時はまだ新米の域を出ていなかったし、顔見知りと言えるほどの選手がそんなにいなかったので、正直、声を掛けられたのは嬉しかった。立嶋と少し立ち話をしていると、彼のタイ人トレーナーやジムの仲間たちがやってきた。すると彼はカメラをとり出し、「写真を撮ってくれませんか?」という。